Chapter1 美の祭壇。そして顔の無い顔。
さっきまで夢を見ていた。夜の中でドレスを纏い、髪を結う私はとても綺麗だ。真っ赤な口紅、潤んだ瞳、そして輝く真珠のピアス。 誰もが私の顔を羨む。あんな顔になりたい、こんな顔になれたらいいのに。って。 美人だ。とみんなが私の顔を見る。鏡の中で私は別人になり、自分でもうっとりするのだ。 いつもいつも同じ夢の中で、月の光しか灯らない夜の街路を、私は裸のままで逃げ続ける。 顔にだけ、完璧な造形の仮面をつけて。 夢の中で私は他の誰かの顔になり、私以上の存在になれたと信奉している。 そのあいだだけは、幻を崇拝できる。 夢を見るって、そういうこと。 夢が覚めたら、私も消える。 偽りの約束は裏切られ、本当の顔だけがここに残る。 目を覚まさなきゃ。 夢の世界は終わらせて、新たな夢を見ればいいだけじゃない。 完璧な嘘をつき続ければいいのよ。他人にも、そして自分にも。魔薬の水に酔いしれていれば、私は傷つかずにすむんだから。 微睡(まどろみ)の中で、朝の光が窓の外を薄紫色に変え、目を覚ます。ふと瞼を開ける時、自分が一体誰なのかがわからなくなった。 無意識の習慣として、ベッドから這い出て洗面台に行く。 蛇口をひねれば、シャワーヘッドから水が勢いよく飛び出す。今朝はやけにその音がリアルに私の意識の中へ入ってくる。 そして私は鏡の中を覗き込む。 顔の無い顔。完璧なメイキャップは儚くも消え、皮と化した肌が浮かび上がる。 美しさを切望していた承認への執着だけが、ベッタリと私にまとわりつく。 自分の肌色を隠すようにファンデーションを塗る。目元を濃い色で塗り潰し、力をこめてビューラーで思い切りまつ毛をあげる。 毎朝、「綺麗な人」になりたい一心で。 けれど、そんなあたりまえに疲れてきていたのか。 鏡台という祭壇を前にして、ふっと本音を聞いた。もう、いったい私は誰になりたくて、何を追いかけているのか。「外壁工事」ばかりの理想形。そんな壁に、私はいつまで閉じ込められて生きているのか? 作れば作るほど不安になる。他人の顔を追いかけるほど、私は私でなくなる。知らず知らずのうちに作ってしまった今の自分に嫌気がさした。 破壊衝動に似た自分の本音が、内部から真っ直ぐに立ち上がる。 窓を開け、昇る朝日の光をまっすぐに見た。 必要ないものを全部、手放してみよう。 私をさらけ出せるように。 そして不完全な私を、ちゃんと見つけるために。 Writing...